路上の感触 by 中原元

古代中国を研究している者ですが、遺跡を訪ねた後、街中に出ることをもう一つの楽しみにしています。街中でふと目にした情景を無意識にカメラに収めた映像を展示していきます。時間も場所も任意です。

偃師商城を出た所に行き過ぎる女性ライダー

 

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 偃師商城の西側の城壁跡を見た後、そのまま西方向に足を延ばしてこの地点まで来た。街外れなので信号も何もない。道を渡ろうとしたところ左手から自転車が颯爽と現われた。その走りっぷりが何となく男のような感じだったが、女だった。思わず乗り手をまじまじと見てしまったのである。
 偃師商城というのは殷代の城壁のことで、ここに殷代前期のかなり大きな都市ができていた。都市といっても現代の都市とは異なるので、人の集住する地域というほどの意味に理解しておいた方が良い。宮殿と呼ばれる地区もその中心にあるので王朝を想定するのが一般的である。ただ偃師といえば直ぐに二里頭遺跡の名が浮かぶくらいだから、遺跡に関心のある人は、先ず二里頭村に向かうのだが、私の第一の関心は殷代の都市としての偃師商城だったので、ホテルに着くと荷物の整理もそこそこにして雨上がりの泥濘の中を飛び出して来たわけである。
 場所は河南省洛陽市の東に隣接する偃師市西の街外れである。この道路は洛陽と偃師とを結ぶ幹線になっていて商都西路と呼ばれる。G310(国道310号線)という言い方が一般的に通用する呼び名のようだ。この道に沿って真っ直ぐ西に行けば白馬寺や洛陽に行くことができる。洛陽から偃師に来る時に乗ったバスもこの道を通ったので既視感があった。町の中心地から十分ほど歩いただけで人通りがなくなった。1時間前まで降っていた雨で道路は泥濘が多かったが、この辺から少し歩きやすくなった。偃師商城の西側の城壁を5分ほど前に確認し、もう少し足を伸ばしてみようと歩いていたところ、道路沿いに店を構える運送店の主らしき男が何やら私に注意してくれた。この先国道以外には何もないようである。偃師訛りがかなりきついので十分聞き取れなかったが、どうやら私がどのような人間であるかを見抜いていて、この先には何もないよと注意してくれたらしい。中国に来て時々感じるのは、日本人よりは人を見抜く力があるらしいということである。

 

古都洛陽の閑静な空間にて

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洛陽の町に着くなり訪れた場所がここだった。時間は午後1時半頃。当初の予定ではもっと遅い時間に着くはずだったのだが、北京の王府井で閲兵式が行なわれる関係で、予約しておいたホテルが臨時休業となり、急遽別のホテルに移らざるをえなくなったのが一つ。もう一つの事情は、飛行機の時間も午後の便だったのを早朝の便に変更されてしまったことである。嫌なら飛行機に乗るなと言わんばかりの促し方で、不承不承の変更であったが、おかげで朝一番のリムジンバスにも乗れず、タクシーを呼ばざるをえなくなった。その間の交渉ややりとりそのものは面白かったのだが今は省くとして、こうしてやってきた洛陽の町を朝の十時から歩くことができたのは予定外の収穫ともいえた。

 ここは紗廠路と建国路との交叉点から北へ少し行ったところだが、閑静な庭園になっている。庭園に配置されているのは、青銅器が多数出土した洛陽に相応しく、青銅器の複製品かと思われるような精巧な置物や青銅器の紋様が巧みに彫刻された柱や敷石などで、古代洛陽の面影が漂う実に贅沢な装飾である。そういえば洛陽博物館も青銅器の簠(ほ)の形に模した建物である。私がここを訪れたのは高級マンションを見学するためではなかった。考古学的には五女冢遺跡と呼ばれる殷代末期以来の遺跡だったところである。この直ぐ南側に鼻くそのような小さな城壁跡が残っていたのを屏越しに見、写真に収めてきたところである。成周洛陽の北西角の城壁の直ぐ北側、つまり成周洛陽の北限に当たる。それを自分の脚で歩いて確かめて来たところである。

 ここに来るまではひょっとして発掘中かも知れないと多少期待を持っていたのだが、現地に来てみると、発掘していた遺跡は埋め戻され、その後に高級マンションが建っていたので驚いた。マンションの名は天城一品。実は予めグーグル地図と中国百度の地図とで見ていて、地図上には天城一品の名が記されていたのを、何となく大きなレストランなのだろうかという予想をもってやってきたのがこれだった。レストランかも知れないというのは京都の有名なラーメン屋である天下一品と相似た名前であることから、何となくそのように間抜けな連想をしたに過ぎない。現地に来てみると「天城」とは高層マンションの意味であるらしい。この高層マンションはこの場所以外にも建築真っ最中の所があって、この北側にも西側にも大きく敷地を拡げつつある。殷代末期の遺跡があった場所に、経済成長著しい現代中国を象徴するような高層マンションがどんどん建てられていくという構図である。そうして足を踏み入れたマンションの敷地の真ん中に造られた憩いの空間のような庭園がここである。

 一心不乱に画集のようなものに見入っているこの女性が気になって、一度は通り過ぎたのだが、一通り見終えた後でここに戻ってみると、まだ見入っている。現代中国らしい場所に現代中国を象徴するような雰囲気の女性という構図。日本にいて中国を想像する人は、こういう情景とても想像がつかないと思うが、これが現代中国そのものではあるまいかと思う。